奄美ICTの前田守のブログです。「奄美でもできる。奄美だからこそできる道がある。」と信じています。
by DrMaeda2005
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想いは還ってくる

年が明けて早いもので、もう2月を迎えた。
今月は目白押しだ。

2月1日 奄美完熟たんかん開始
2月5日(予定) 朝日新聞 ビジネス仕掛け人で弊社の紹介
2月8日~10日 スーパーマーケットトレードショー参加
2月中旬 弊社が支援する電気スクーター事業の発表
2月中旬 ICT企業誘致活動
2月中旬 町教育委員会外部評価委員会
2月下旬 奄美地域経済活性化戦略会議
2~3月 ICT事業者の事業協同組合の設立

上場企業の経営陣を含めた方々へプレゼンテーションを行うことになった、ICT企業誘致活動は、島内ICT産業のクラスター化におおいに貢献できるのではないかと思う。

リゾートオフィス、サテライトオフィス、スタートアップオフィス。

企業誘致活動とともに地元企業が育成される姿は、雇用環境の厳しい地域にとって喜ばしいものだ。変化を恐れずに、地域に密着して生きていく限り、地元産業もまた成長を遂げ、次々と起業家が生まれ育つ環境が整っていくだろう。

「21本のタンカンの樹から世界をみる」

そう言ったら、笑われた事もあったが、今では現実のものになろうとしている。少なくとも僕のなかでは現実になっている。真剣な想いは、いつだって自分に還ってくるもの。時として姿を変える事はあっても想いは裏切らない。

雪に耐えて梅花 麗し

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厳冬のなか、凛と咲き誇るシマの桜。

真剣な想いは、いつだって自分に還ってくると信じている。
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# by drmaeda2005 | 2010-02-03 14:00
ふかしたサツマイモ

 10月21日。

 期待の新入社員の初出勤の日。
 意欲をもって仕事に取り組む彼女を横目に、僕は入社手続きを、あれやこれやとしていた。

 そんな時、母から電話があった。



 複雑な家庭環境で育った私の母にとって、育ての親である祖母は、とても大切な存在だ。これまでも、母は祖母の面倒を見てきたが、2003年からは、祖母の介護をほとんど行うようになった。


 僕が幼い頃。
 祖母は、僕に「ふかしたサツマイモ」を食べさせてくれた。

 昭和50年代前半。笠利の須野集落では、スナック菓子もなかなか手に入らなかったが、祖母のサツマイモは、とても美味しく、僕はパクパクと食べていた。



 母の名を呼ぶ祖母の声。
 忘れたことはない。

 数年前に、米寿のお祝いをした際の、祖母の喜びようはなかった。なんにも出来なかったが、僕たち、孫が集まって、祖母を祝いたいという気持ちが、祖母を喜ばせたのだろう。今でも、あの日は、まぶたに焼き付いている。


 僕が起業して1年が過ぎた。
 忙しさにかまけ、祖母と会ったのは、このお正月が最後だった。
 僕の家内は、昨日、元気な祖母と会ったのが最後だった。




 母から祖母が亡くなったと電話があった。

 急に具合が悪くなり、さきほど亡くなったそうだ。祖母の妹(僕には叔母)と話している最中に、眠るように亡くなったそうだ。人の生き死には、分からないもの。


 長命だった祖母に対して、僕は感謝の気持ちしかない。


 ふかしたサツマイモが、いまは無性に恋しいのだ。
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# by drmaeda2005 | 2009-10-21 16:48
燃え盛る生命

 真っ赤に燃え盛る、炎のような生命。

 今にも消え入りそうな、青白く弱々しい生命。

 2つの魂を抱えながら生きる、一つの命。


 生きるために、一体、何が必要なのか。
 夢なのか、希望なのか、信念なのか、豊かさなのか。

 とっくの昔に、迷いは捨てた。


 今の心と書いて、念。
 二つの心と書いて、想い。

 妬みや恨みは、自分に返ってくると知ったとき。
 恥ずかしい自分に気が付くだろう。

 石橋を叩いて渡る生き方。
 否定はしないが、僕の生き方ではない。

 揺れ動く心。そして、生命。


 年4000時間×10年。
 僕が社会人として成長するのに必要だった仕事時間。

 我が子を失っても、仕事に打ち込んだ時。
 はじめて、親の想いに触れた。

 苦境の折り、親身になって相談に乗ってくれた恩人。
 あの日の電話を生涯、忘れはしない。

 潮騒が心地よい場所。
 精一杯、僕を励ましてくれた老婆。



 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人。
 そんな同僚と飛躍する時を待ってきた。

 時は来た。

 燃え盛る炎のような生命で、思う存分、暴れるだけだ。
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# by drmaeda2005 | 2009-10-01 16:12
出村邦彦の新刊「だから儲かった手書きチラシ作成術 トラの巻」
 私ととってもいい関係の友人、あの手書きチラシの「出村邦彦」さんが新刊のアマゾンキャンペーンをしますので、お知らせします。よろしければ、ぜひ、ご参加ください。


 ・期間:7月7日(火)22:00~7月10日15:00

 ・だから儲かった手書きチラシ作成術 トラの巻 キャンペーン ← クリックしてね。


 「今、三冊目書いてるんだけど、伝えるってほんとうに大変!!」

 手書きチラシの達人「出村邦彦」も、本を書くのには、いつも苦闘していますが、ようやく完成しました。今回、彼が書き上げたのは、大手企業は『立ち入り禁止』と書かれたビジネス書。おもわず、この言葉だけで、手が出ちゃいますね(^○^)


だから儲かった 手書きチラシ作成術 トラの巻き



 タイトルを見た時、「また手書きチラシか」と思いましたが、読んでみると「ヒント満載。 ここまで話しちゃうの?」って感じです。この内容って彼が伝えてきた内容の根っこの部分そのものでしょう。


 【とても大切なことです】

 この本は、チラシの書き方というよりは、チラシというツールを研究してきた中でのヒント集といった方がいいかもしれません。このヒント・考え方は一般常識に当てはまらないところがあるけど、実におもしろいのです。

 というのも、「お客様対お店」「会社対お客様」という考えではなく、「人対人」という考えを基本にしているからこそ生まれ出るヒントが満載なのです。もちろん、奄美大島の事例も紹介されていますよ(^○^)


 こんな人におすすめの一冊です。

・チラシ等の販促物の制作に行き詰まっている方

・想いこそが、人と人をつなげるものだとお考えの方

・どうしたら「書ける」ようになるか、迷っている方



ぜひ、アマゾンキャンペーンに参加して、読んでみてくださいね。

詳しくはこちらから ↓

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# by drmaeda2005 | 2009-07-07 13:24
人生のスイッチ

 6月。
 この1ヶ月で6件のプロジェクトに着手した。1つのプロジェクトをこなすだけでも、クタクタになるものだが、この夏は6つも抱えることになる。「人生のスイッチ」が入りそうだ。

 弊社がプロモーションを担当しているクライアント企業のイベントが今日と明日行われる。天気は、あいにくの曇天・雨天だが、従来と比べて、プロモーションに対する反応はあきらかに変わってきている。現場で働くみなさんの意欲も随分と高まっている。このイベントの結果から、「やればできるんだ」と確信して頂ければ、これからのプロモーションは全社一丸となって取り組んで頂けることだろう。

 久しぶりに、弟にメールをした。
 別件で構想している新事業の件で、どうしても弟が経営する会社と提携する必要があった。兄弟で力をあわせて、とまではいかないだろうが、きっとうまくいく。

 長男坊が小学校の図書室から「リンカーン」「二宮金次郎」を借りてきてくれた。児童向けに書かれた偉人伝だったが、目頭が熱くなった。批評家には、いつでもなれる。誰だって歴史のうんちくを語ることはできる。問題は実践できるか、だ。

 幼くして親を亡くしても、
 何度、選挙に落選しようとも、
 人に馬鹿にされようとも、
 恵まれない家庭生活を過ごそうとも、
 たとえ、子を亡くしたとしても、

 心に思い描き続けているモノは、多少の時間差とともに、事象として現れるもの。


 幾たびか辛酸を経て、志はじめて堅し
 丈夫玉砕すも、せんぜんを恥ず
 一家の遺事、人知るや否や
 児孫のために、美田を買わず


 僕の志。
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# by drmaeda2005 | 2009-06-27 11:51
もうすぐ1年目を迎えます
 早いもので、私たち奄美ICTが設立して、まもなく1年目を迎えます。

 多くの方々のご支援を頂いて、私と山田卓矢さんと二人三脚で興した会社。何も無いところから、よくぞ、ここまでたどり着いたなあと思うと感慨深いものがあります。多くの方々の想いがあって、ここまでたどり着けました。ほんとうに有難うございます。まだ始まったばかりの小さな会社です。どうぞ、これからもよろしくお願いします。

 初年度は、とくに山田さんの努力が光りました。何といっても東京で40泊の出張をこなして頂いた事には感謝しきりです。会社設立後、早い時期に禧久明子さんに入社して頂きました。彼女の人柄もあって、ともすれば殺伐となりがちな私たちのオフィスは優しい雰囲気に包まれています。

 本年5月には前田進さんにも入社して頂きました。前田さんは奄美高校定時制を今春卒業したばかり。雇用情勢の厳しい奄美では新卒でも就職先を見つけるのは難しかったそうです。奄美ICTに入社して、いま、のびのびと活躍して頂いています。

 前田さんには社員研修の一環として、5月13日からOFFICE系資格の試験勉強に取り組んで頂いています。はやくも5月27日にはMCAS(EXCEL2007)を取得され、6月8日にはMCAS(POWERPOINT2007)の試験を迎えます。6月中にはMCAS(WORD2007)も取得される事でしょう。これらの資格取得が一段落されたら、本格的にデータベースの学習をして頂く予定です。

 状況にもよりますが、いまのところ、新事業を開始する7月~10月にかけて3名の社員を雇用する方向でいます。奄美大島のIT企業では7名のスタッフというのは、人的には、かなりな規模ですから、いままで以上に苦労することも増えるかもしれませんが、精一杯、このシマで頑張ります。

 やりたい事。やってみたい事。

 たくさんあります。

 これから、この夏が、私たちの始まりのような気がします。
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# by drmaeda2005 | 2009-06-02 14:51
大島海峡を挟んだヤドリ浜の景色を眺めながら
 4月22日。

 瀬戸内町のヤドリ浜にあるマリンステーション奄美で、「知事と若手経済人の意見交換会」が開かれ、私も参加させて頂いた。参加された若手経済人20名のうち、16名が意見や質問を出し、伊藤雄一郎鹿児島県知事が考えを述べる内容だったが、伊藤知事の頭の回転の速さには、ほんとうに驚いた。

 16名の多岐にわたる内容について、時にユーモアを交えて、知事なりの見解を分かりやすく伝えるというものだったが、知事は戸惑うことなく、堂々とお答えになった。公共事業については厳しい見通しである事を指摘した上で、地域のみなさんで智恵を出して欲しい旨を再三にわたって伝えておられた。

 私自身、陳情というか「あ~して欲しい」「こ~して欲しい」という類は好きではない。記録に残るという意味では要望を述べることも大切だが、限られた時間の中で意見を交換するならば、より建設的な事を話したいと思っている。

 私がお伺いしたのは、奄美地域における起業家育成について。

 知事の見解は、鹿児島県は制度としてさまざまな支援をしているので起業家支援のさまざまな制度を有効活用して欲しいという事と、地域振興という視点からは産業自体を生み出すような起業家が育って欲しいという事をお話いただいた。知事の根底にある想いとして「観光と農業」で島おこしができないだろうかという問いかけもあった。


 起業者の正確な数字は把握しにくいが、ひとつの指標として、最新の「事業所・企業統計調査」によれば、奄美市では年間100件ぐらい新設事業所が開設される。すべてが起業者の事業所という訳ではないが、この数字を前提にすれば、奄美群島振興開発基金の起業・開業関係の融資業務や保証業務が年間20件ぐらいあることを考えると、奄美群島において、奄美群島振興開発基金は起業時の資金調達先として、極めて重大な役割を担っている。

 限られた時間の中で、立ち入った内容にまでは踏み込めないものだ。私は制度が整っている事ではなく、その制度の運用面について、もうすこしお伝えしたかった。この点については、別の機会に、もっと踏み込んで訴えよう。

 意見交換会も終わり、ヤドリ浜を一望しながら、知事と立ち話をできる機会があった。

 伊藤知事がまだ総務省の職員だった頃、このヤドリ浜やホノホシ海岸を訪れたことがあったそうだ。その時の思い出を話してくださった。想いのある方だった。

 奄美大島のすべての首長さん・県議員さんたちも交え、ささやかな懇親会が開かれ、一日を締めくくった。その後、私は古仁屋までバスで送って頂いた。古仁屋では、私の家族が迎えに来てくれた。


 4月22日は僕の誕生日。

 幼い頃、どうしても欲しかった野球のグローブ。小学校2年生のときに、母に買ってもらった事を憶えている。野球は上手ではなかったけれども、近所の友人たちと一生懸命、来る日も来る日も練習したものだ。

 僕の次男坊からのバースデープレゼントは煙の消える灰皿。ヘビースモーカーの僕には有り難いものだ。長男坊からのプレゼントは野球のグローブだった。忘れていた宝物を手にしたような気がした。
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# by drmaeda2005 | 2009-04-24 12:00
ピンチは何十回とあった

 4月15日。

 仲の良い若手経営者とベテラン経営者と私の3人で、食事をご一緒した。この日、私は多忙だったこともあり(いわゆる気疲れ)ほとんど会話を出来ずに、聞き役にまわっていた。

 私と仲の良い若手経営者は、規模の拡大よりも、個人としての幸せを求めている。私は一定の規模までの拡大を目指しており、そのために、時に応じて、みずからの役割を果たすことにしている。どちらもまだ経営をスタートさせたばかりのヒヨッコなので、どちらが正しいともいえる段階ではない。

 そんな中、ベテラン経営者が、いろいろと気づきを与えてくれた。とても有り難い。

 いくつもの経験談のなかで、私には響く言葉があった。

 「50年近い事業経営のなかで、ピンチは何十回とあった。」
 「自分が倒れたら、子ども達をはじめとした家族、親、兄弟、親戚。みなが浮かばれない。」

 決して裕福とはいえない家庭環境から、このベテラン経営者は創業社長として事業を興し、小さいながらも、家族や兄弟、親戚を支えてきた自負がある。良いときよりも、苦しいときのほうが長かった。でも、潰すわけにはいかなかった。

 経験こそが説得力を持つもの。

 スタートしたばかりの僕らには、とても有り難い勉強になった。

 愚痴をこぼしている場合ではない。挑戦するかしないかは、自分が決めることだ。たとえ、他人に非難されようとも、精一杯、浮かび上がるために努力しているかぎり、乗り越えられるもの。

 ピンチは何十回となくあった。

 いつの日か、私もこう言える人間になりたいものだ。
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# by drmaeda2005 | 2009-04-16 14:48
1年かけて起業するということ

 4月9日。
 1年前に奄美大島にUターンしてきた男性からお電話を頂いた。早いもので、彼の相談にのって、もう1年になる。奥さんと死別された彼は、いま、2人の子ども達を育てながら、奄美大島で暮らしている。

 1年前。
 彼は将来は飲食店で独立することを希望していた。そのとき、僕はUターンして間もない彼の職探しのお手伝いをした。彼は奄美大島で得た仕事を懸命にこなし、そして、この春から独立に向け準備を始めることになった。

 4月10日。
 驚くほど短期間で、彼は起業時の制約を解決できた。本人もビックリしていた。これで思う存分、開業に向けた行動ができるようになった。早ければ、エクリプスの前には、素敵なラーメン専門店をオープンさせていることだろう。

 たとえ規模は小さくても、こうして奄美大島で、みずからの夢に向かって起業を果たしていく姿。これこそが地域振興の本質だと僕は信じている。人に天から与えられた使命があるとすれば、きっと、天命の時期には限りがあるのだろう。時と共に、使命もまた変わるものだろう。しかしながら、始まりは何も変わらないように思う。

 みずからの出発点。生き方を踏まえて、変化する何か。

 意識。

 人としての成長。
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# by drmaeda2005 | 2009-04-13 11:51
カタチに出来たこと
 奄美完熟たんかんに明け暮れた2月。4つの報告書作成に追われた3月。4月に入ってからは国への提案書作りで右往左往したものの、Yさんの機転と活躍で、やっと昨日、無事に提案ができた。いろいろな想いはあるものの、カタチに出来たことは素直に嬉しい。

 たくさんの人が、この提案に共感してくださった。思い描いた通りにはならない部分も出たけれども、チャンスを活かすために限られた時間で挑戦できた事がなによりも嬉しい。

 3月末。
 僕らのような小さな会社は支払等で金融機関を行ったり来たり。そんなとき、久しぶりに彼女を見かけた。彼女も僕らとおなじだ。そう思うと、とても嬉しくなった。彼女の笑顔を見ただけで、丸一日、元気が出た。

 4月10日。
 起業家・経営者応援塾のOBからお葉書を頂いた。育児中の彼女もまた、人生にチャレンジしたがっていた。この春から、彼女は得意の語学を活かし、英語教室を始めるとともに、町立の小学校・中学校の英語指導員として活躍し始めているそうだ。

 4月22日。
 僕の誕生日。「伊藤県知事と若手経済人(奄美大島・喜界島地域)との意見交換会」へ参加することになった。日頃、お伝えしていることをお話しするだけだ。


 なにも無いところから始めた。
 もっといえば、マイナスからスタートした。

 眠れない夜。
 真夜中に目を醒ます事も増えた。胃の上の辺りがどんよりと重く、左の腰の後ろもずいぶんと張った感じが続いている。たしかに、起業や会社経営は、楽しいことより、つらいことのほうが多いかもしれない。でも、大きな喜びもある。たぶん子育てと似ているのだろう。

 今日、我が社で今年の進むべき方向を話し合った。やれること・やれないこと。できること・できないこと。1年間の売上予測と売上目標・資金計画。新たに雇用するスタッフのこと。新事業の概念。社内の配置換え。僕の寝床の確保。ガスコンロの必要性。パソコンの導入計画。

 いま、僕たちは、日を追うごとに、一人前の会社になるように成長しているところだ。やっと歩けるようになった子供のように、まだ、まっすぐに歩くことは難しいけれども、努力しているところだ。
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# by drmaeda2005 | 2009-04-10 14:52